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丸谷 嘉長は切ないのか?  インタビュー&文  --  唐澤和也

そもそも、なぜカメラマンになろうと思ったのですか?

まず、子どもの頃から「プロ野球選手になる!」とかの夢がなかったんです。夢みるもなにも、親父が印刷業を営んでいて、稼業を継ぐのが当たり前みたいな家庭に育ったので。だから、10代の頃からカメラマンになりたいという夢を抱いていたわけではなくて。ただ、中学生の時、サーフィンを始めたんだけど、最初は荷物番だから退屈でしょうがなかった。で、父親が趣味で使ってたキャノンのAE-1というカメラを借りてきて、先輩たちがサーフィンしてる姿を撮っていたんですよ。うちの父親は、子どもをまったく褒めない人だったんだけど、なぜか、その写真だけは「よく撮れてるな」と褒めてもらえて。それからずっと写真は撮っていたんですけど、カメラマンになりたいというより、自分の将来を勝手に決めつけている、親父への反抗心のほうが強かったような気がする。だって、ふつうの大学に進学したのに、授業は一切出ずに自分のお金で写真の専門学校に行っていましたから。ところが、4年間ダマし通せると思ったのに、3ヶ月ぐらいであっさりとバレて(笑)。父親に呼び出されて「お前は稼業を継がずに自分の道を進むんだな?」と聞かれて、「そうです」と。だったら、勘当だと。金輪際、実家の敷居をまたぐなと。いつかこういう時が来る予感があったので、説得しようとは思いませんでした。以後、8年間ほど、父親と会うこともなかったし。

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ひと昔前のドラマのような展開です。その後は、写真の専門学校に通いながらプロのカメラマンを目指したのでしょうか?

どうだったのかなぁ。その辺の記憶は自分でもよく覚えていないんです。とにかく、親父への反抗心が強かったとしか……。ただ、その写真の専門学校はジャーナル系で、卒業後は新聞社のカメラマンになるのが王道だったんです。そういう進路にはピンと来なかったし、だったら、繰上和美さんや富永民生さんの広告写真のほうが全然カッコ良く思えた。それで、新聞社系の王道から外れて、日本で一番古いレンタルスタジオで働く道を選ぶんです。だから、その頃までは消去法だったのかなぁ。親父への反抗心から大学をやめて稼業は継がず、専門学校の同級生たちの志向性に違和感を覚えて非ジャーナル系の写真の世界に進むっていう。しかも、そのスタジオは、チーフになって経験を積むとグラビアの大家のアシスタントになるのが常識だったのに、そこでも消去法をしてしまうんです。そのスタジオには3年間働いていて「お前もそろそろ先生のアシスタントだな。がんばれよ」と言ってもらえたのに「俺はいいです」と断って。もちろん、広告系の写真に興味があったというのもあるけど、たぶん、「その他大勢ではない」という部分に、自分なりの価値観を見い出していた気がします。

そんな流れで、繰上和美さんに師事していた富永民生さんのアシスタントになるわけですね。

そうです。スタジオマンの頃は、どの現場のロケアシに行っても「うちでアシスタントにならない?」と誘われていたし、ものすごく天狗になっていたんですよ。ところが、ボスの下ではまったく通用しなかった。たとえば外国人有名アーティストを斬新な手法で撮影するとか、ボスの仕事が画期的だったので、たかだかスタジオマンとして経験を積んだぐらいじゃ、お話にならなくて。自分としては「あのスタジオの3年間はなんだったんだ?」と無力感でいっぱいだったし、しかも、当時はどこもそうだったんだけど、アシスタントの扱いが今じゃ考えらないぐらい厳しかったですからね。正直に言えば、最初の2年間は、ボスのことが好きじゃなかったし苦手だったと思う。でも、不思議とボスの写真だけは嫌いになれなかったんです。毎回、撮影後のポジを見て「すげぇ! どうやったらこんな写真が撮れるんだろ?」とビックリしている自分がいて。夜中、写真をプリントしながら、なぜか泣いちゃう時すらあって。で、ある時、ボスに指示されたまま作業するんじゃなくて、「こうやったらもっと良くなるんじゃないか?」と、自分流のアレンジを加えてプリントしてみたんですよ。内心はドキドキだったんですけど、そのプリントを見たボスが「いいんじゃない」と言ってくれて。そこからですね。僕のボスに対する苦手意識がなくなっていったし、僕に対するボスの態度も変わっていって。あの時、「いいんじゃない」と認められていなかったら、たぶんこの世界をやめていたと思う。それぐらい、ある種の臨界点ではあったから。今思うと、逆にボスの器のデカさに気づかされますけどね。自分にアシスタントがいる立場になって、「果たして俺は、あの頃のボスのように2年間も我慢できるだろうか?」と。

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独立は何歳の時だったのでしょう?

30歳の時です。その頃、ボスにすすめられて、ある有名アートディレクターのところに写真を見てもらいに行ったんです。その人には、「君の写真は死の匂いがするから使えない」と言われて、ものすごくショックだったことを覚えています。だって、死の匂いですよ? ネガティブな評価にもほどがあるだろうと。ただ、それ以降、現在に至るまで「死の匂い」とは言われないまでも「切ない写真ですね」とは、よく言われるんだけど。


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